Understand? Or…(アンダースタンド・オア)


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<登場人物>
水無月(みなづき):
 語り部。他人の言動や態度ではなく、理解や受容の可否を気にする性格。

名越(なごし):
 謎の人。心や思考を見透かしたような、他人を煽るようなわざとらしい言動が目立つ。




※この物語は全て水無月の一人称視点で進行し、水無月の台詞は全て語り口調です。
!━━━≡≡≡⊂´⌒⊃゜Д゜)⊃━━━ここから本編━━━⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡━━━!



[真っ暗な空間。水無月が一人立ちすくんでいる。]

水無月【『ふと気が付くと、見知らぬ場所に立っていた。』
   そんなファンタジーな展開を、まさか自分が体験するとは思っていなかった。
   目の前には木製の扉が1つ、捻るタイプのドアノブが左側に付いている。
   周りを見渡してみたが、扉以外は真っ暗な空間が広がっているだけ。
   わけがわからない。
   しかし、少なくとも今俺のとるべき行動が、扉のドアノブに手をかけ、
   扉の向こうに足を踏み入れるということだけは、なぜか理解できた。】


[水無月が扉を開ける。]

名越「おや?クスッ、ちょうど頃合いだったのかな。」

水無月【ドアノブを捻り、恐る恐る前に力を込めると、
   俺の身長の3倍はあろうかと思える本棚に支配された部屋があった。
   天井までびっしりと敷き詰められた本と棚の数に圧倒され、
   思わずその中央にいた存在に気づくのが一瞬遅れてしまった。】

名越「ようこそ。私はここの・・・・・そうだねぇ、司書とでも言っておこうか。
   あぁ、一応名前は『名越』と言うよ、お見知りおきを。」

水無月【名越と名乗ったその人は、白く美しい細腕をこちらに伸ばし、握手を求めてきた。
   反射的にその手を取ると、名越は少し目を細めて満足そうに微笑んだ。
   ・・・俺には、なぜか名越が恐ろしく見えた。】

名越「さ、立ち話はこれくらいにして、ここに掛けてくれ。
   何かを抱えてきたんだろうからね、あったかいお茶も淹れてあげよう。」

水無月【木製の椅子を軽く引きながら、名越は意味ありげにこちらに視線を向ける。
   この眼が、空のように青い瞳が、まるで俺を見通すかのようで、怖い。】

名越「大きな悩みを抱えているから扉が現れた、扉を開こうと思った、
   この部屋に足を踏み入れることができた。
   ここに来るということはそういうことなんだ。
   案ずるものは何もない、肩の力を抜いて。さぁ、どうぞ。」

水無月【名越の左手に誘われるように、俺は椅子に座った。
   丸いテーブルの上にある2つのカップに、それぞれ紅茶が注がれる。
   ティーポットを置いた名越はカップの1つを俺の前へ差し出し、
   もう1つを持って着席した。
   俺と対面するのではなく、ちょうどその中間ぐらいの位置で、
   隣にいるような感じだった。】

名越「悩み事を自分で解決できず、答えを導くことができない。
   気心の知れている人間には話し尽くしたのに、それでも不満が残っている。
   確かな答えをハッキリと答えてくれる『誰か』が欲しかった、そうだろう?」

水無月【カップを握った指が、微(かす)かに震えた。
   名越の言う通り、自分で解決できず抱え込んでいる悩みはある。
   友人たちにも相談したし、彼らの答えに満足できていないのも事実だった。
   名越の目には、なんでもお見通しとでも言うのだろうか。】

名越「いくらでも話してくれていい。そのためにここがある、僕がここにいるんだから。」

水無月【心臓が早鐘を打ち始め、思わず名越から視線を逸らしてしまう。
   カップの紅茶に映る自分の顔は、驚愕と恐怖を隠そうと強張っている。
   ゆっくり、その姿を打ち消すように、俺は紅茶を一口、喉へ通した。
   甘く、優しい香りが、俺を満たしていくような気がした。】



間。



名越「・・・・・なるほど。人間関係で嫌な事が続いてしまったんだね?」

水無月【気づけば、ポツリポツリと言葉を紡いでいたらしい。
   『らしい』というのは、ハッキリとした自覚がないから。
   言った覚えはあるのに、感覚がボンヤリしていて確信できない。
   でも、名越に内容が伝わっているのだから、確かに俺が話したのだろうと思った。】

名越「具体的にはどんなことかな?仕事?それとも恋愛関係とか。」

水無月【両方だった。両方で不快な思いをした。
   まぁ、ありきたりな提示だ、名越が俺の頭を覗いているとは思えない。
   ひとまず、仕事でのことから話そうと思った。】

名越「ほう、対立か。他のグループにこちらの主張を受け入れてもらえなかったと。
   なるほど、作業効率の向上を図るために、ねぇ。なるほど。」

水無月【俺のやり方は正しいと思っていた。
   プロジェクトの成功を願って、他の作業グループにもこちらのやり方を勧めた。
   特にリーダーの男が同期だったこともあって、必死に説得した。
   けれど、何1つ聞いちゃくれなかった。
   何度も説得したけれど受け入れてもらえなくて、それで溝ができて、
   結局プロジェクトは、大成功とは言えない微妙な結果に終わってしまった。】

名越「君は未だ、そんな結果に終わったことを根に持っている。
   自分は正しかったのに、それを受け入れなかった奴らが腹立たしい。
   しかし、苛立ち続けている自分にも疑問を持ち始め、やがて抱え込んでしまった。」

水無月【全くもってその通りと、俺が肯定せざるをえない事実を並べ、
   名越は優雅にカップを口元へ持っていく。
   無意識に全てを目で追ってしまうほど、名越の仕草は洗練されているように思えた。
   カップを置いた名越は、テーブルに両肘をつき、絡ませた指の上にそっと顎を乗せ、
   俺の顔を下から覗くような目線で再び口を開いた。】

名越「人は必ずしも同じ思考をし、同じ結論を導き出すとは限らない。
   それは、君が私でないように、私もまた君ではないということに等しい。
   いいかい?『理解すること』と『受け入れること』は似て非なるものだ。
   理解できなくても受け入れざるをえないこともあるし、
   理解できても受け入れたくないことだってありうる。
   たとえば、そうだねぇ、殺人犯がこんな持論を唱えたとしよう。
   『人だって生存競争をしている、そのための殺意だ』。
   君はこれについてどう思う?」

水無月【人が、生存競争を?まるで野生動物のような話だ。
   俺は直感的に、その考えを否定した。】

名越「クスッ、『普通の人』なら否定するだろうね。
   理解することも受け入れることも拒絶する、ごく一般的な反応だ。
   ただ、これに条件が加わるとどうだろう?
   たとえば、殺人犯が過酷なスラム街で生き延びてきた経緯があったり、
   幼少の頃から強奪を生業としていたりしたらどうだろうか。
   自分がその殺人犯と同じ立ち位置になった場合、
   そんな持論が生まれる可能性を否定できるかい?」

水無月【都合の良すぎるたとえ話だと思った。
   非現実的すぎて、話に入り込めない。
   俺は、よくわからないといった表情で、『否定できる』と答えた。】

名越「あぁそうだ、君ならそう答えるだろうと思っていたよ。
   君は他人の事を考えるのが下手だからね、僕が考えていた通りだ。」

水無月【頑として考えを曲げなかった俺に対し、
   名越は最初から答えがわかっていたような口振りだった。
   てっきり顔を歪ませて不快な表情をするかと思っていたのに、
   名越の反応が予想を大きく外れて、こちらが驚いてしまった。】

名越「いいかい?『理解すること』と『受け入れること』は違うんだ。
   君は他人に理解させることで、同じように受け入れさせられるとも思っている。
   さっきのたとえ話では、理解することも受け入れることもできなかったね。
   けれど、理解できても受け入れられない現実はあるだろう?
   最も分かりやすい例えで言うなら・・・・・『親愛なる家族との死別』、だとか。」

水無月【背筋がゾッとした。
   いつまでも名越のくだらないたとえ話に納得できないままだと思っていた。
   なのに、たった1つ、自分でも身に覚えのあるたとえ話を出され、
   納得せざるをえない現実を叩き付けられた。
   親父が事故で死んだ時、死んだことを理解できはしたものの、
   おふくろはその事実をしばらく受け入れられなかった。
   だから毎朝、当たり前のように親父の分の食事を用意して、
   親父のワイシャツにアイロンをかけて、親父の好きな酒を買ってきて。
   親父がいなくなったことを受け入れられないおふくろの姿は、
   あまりに痛々しくて、嫌でも脳裏に焼き付いている。】

名越「クスッ、その様子だと、少しは私の話を『理解』できたみたいだね?
   君の職場での体験は、今僕と君が交わしたやり取りと似たようなものだ。
   どれだけ同じ主張をしようとも、相手に相応の理解力がなければ伝わらない。
   そして、理解した上でそれを受け入れるか否かは相手次第なんだ。
   まぁもっとも、私が提示したたとえ話のおかげで君は、
   『理解すること』が『受け入れること』ではないと嫌でも納得したみたいだけどね。」

水無月【わざとらしく、それでいて半ばこちらを煽るような物言いの名越。
   そういえば、俺は名越について何も疑問に思っていなかった。
   見た目は間違いなく人であり、外見は20代前半、あるいはそれより若い。
   男のようで女にも見える、声質はよくわからない、俺には不思議な声に聞こえる。
   自分の事を『私』と言ったり『僕』と言ったりして、一人称が定まっていない。
   赤茶色の髪に、空のように青い眼、白い肌に細い身体、身長は低くも高くもない。
   コイツは一体何者だ?どうしてここにいるんだ?
   なんで俺は、名越に悩み事の相談なんてしようと思ったんだ?】

名越「さぁ、職場での話はここまでにしよう。次は恋愛の話でも聞こうか。」

水無月【名越が再び口を開き、一気に現実に戻された気がした。
   そうだ、悩み事は1つではない。
   ・・・・・しかし、つい先ほどまで考えていたことが思い出せない。
   いや、それを思い出すよりも、俺は名越に促された話をしなければと思った。
   気づけば俺の口は、最近恋人と喧嘩してしまった話をしていた。】

名越「ふむ、恋人を突き放してしまったと。
   後悔はしているが、今は一人でいたい。
   恋人からの着信やメールを無視し続けている、と。なるほど。」

水無月【つい最近、彼女の言葉に腹が立って、しばらく会いたくないと言ってしまった。
   大事にしてきたつもりだったのに、俺なりに愛していたはずだったのに。
   散々仕事でのアレを話しまくった後だったから、
   彼女とのことは誰にも相談できずにいた。】

名越「ではまず、恋人について話してもらおうか。
   馴れ初めや社会関係、君が話したいことでいい、僕に教えてくれ。」

水無月【俺は、名越に求められた通り、彼女のことを話した。
   彼女から告白されて付き合ったこと、同じ職場で働いていること、
   いつも俺に賛同してくれて、とても献身的な女性であること。
   なぜか告白された時の言葉まで伝える頃には、
   カップの紅茶はぬるくなっていた。】

名越「『憧れ』か。君に憧れたがゆえに彼女は交際を望んだ。
   素敵な女性であり続けたものの、時間が経つにつれ、
   君との折り合いに致命的な欠陥が生じてしまったようだね。」

水無月【ティーポットから紅茶を注ぎながら、名越は言葉を紡ぎ続けた。
   『致命的な欠陥』という言葉を、思わず聞き返す。
   カップを満たした紅茶から、甘い香りが漂ってくる。】

名越「憧れとは、理解から最も遠い状態を指す。
   自分で気を付けないと、相手の事を何でも知っているつもりでいるし、
   そうでなくとも、わずかな側面を見ただけで全てを知ったつもりになる。
   そして、それに恋愛が絡むと、もっと恐ろしい。」

水無月【息継ぎをするように、紅茶を口に含む名越。
   俺は自分のカップに手を付けることもなく、ただ名越の方を見ていた。
   自分がここまで真剣に、他人の話に耳を傾けるような人間だったとは思わなかった。
   けれど、名越の話を聞きたいという願望が、聞かなければならないという使命感が、
   少なくともあった気がする。】

名越「『恋は盲目』ということわざを知っているかい?
   好意を抱(いだ)くと、その相手の欠点すら愛しく思えることのたとえだ。
   周りが見えなくなるくらい夢中になり、やがて理想の未来を妄想するだろう。
   あの人と結ばれたら、あの人と幸せな家庭を築けたら等々。
   相手の事をろくに知らないくせにね。」

水無月【耳から入る言葉の羅列を理解しようと、俺は脳を必死に働かせていた。
   だが、名越の話はどこか難しくひねくれていて、その真意が導き出せない。
   なぜ『憧れ』と『恋』について話し始めたのか。
   疑問符を拭えない俺の口は固く閉じられていた。
   俺が相槌の1つも打てないでいると、名越は早速本題に移った。】

名越「いいかい?『憧れ』と『恋』は相手を知らぬがゆえに芽生える感情だ。
   何も知らないから憧れる、何も知らないから恋に落ちる。
   簡単に言えば、相手を知りたいからそういう感情が生まれ、
   聞こえのいい言葉で表される。
   もちろん厳密にはその性質こそ違うが、本質的にはかなり近いものと言えるね。」

水無月【仕事の話の時と同じような物言い、似たような解説。
   俺の彼女は、俺に憧れて今の仕事に就き、俺を慕ってくれた。
   いつだって俺に賛同してくれたし、俺を信じてくれた、なのに。
   どうして俺は、彼女を突き飛ばしたんだ?
   ・・・・・答えは、名越が出してくれた。】

名越「君は確か、彼女にこう言われたんだったね?
   『私はあなたを信じています』、と。
   その言葉を、君はどう思ったのかな?」

水無月【信じていると言われて、嬉しかった・・・・・はずだった。
   けれど、それと同時に込み上がってきたのは、たとえようのない憤り。
   そして俺が放った言葉は。】

名越「『何も知らないくせに』。君はそう言ったんだね、水無月?」

水無月【少しだけボンヤリしていた意識が、叩き起こされたような気がした。
   不意に名前を呼ばれ、思わず目を見開いて名越を見る。
   この部屋に入って、名越に会ってから俺は、一度も自分の名前を告げていない。
   なのに、名越はどうして俺の名前を知っているんだ?
   それでいて、疑問に思ったことを、俺はなんで聞き返すことができない?
   聞きたい願望と焦燥感は、なぜか確認の必要性を感じさせてくれなかった。】

名越「君は本当に複雑な人間だねぇ。
   理解してほしいのに理解してもらえない、理解させることができない。
   しまいには理解されていないことに憤りを覚え、感情を爆発させてしまった。
   周りは君を気遣って直接的な批判を避けていたようだけれど、
   逆に君を苦しめていたようだね。
   私の言葉はどうだい?君を苦しめるだけの言葉であるなら、
   僕はもう少し柔らかい言葉を使う努力くらいはしよう。」

水無月【名越の話は、頭を鈍器で殴られるかのような衝撃があって、
   なのに大きな怒りが湧いてこない。
   最初に言っていた、受け入れざるをえない感じがする。
   俺は名越の提案を拒み、話を続けるよう頼んだ。】

名越「クスッ、いいだろう、君が望むのならば。
   いいかい?『憧れ』と『恋』は、相手を知らぬがゆえに芽生える感情。
   自らがしっかりと認識しなければ盲目・盲信といった状態になり、
   全てを知った気になっているのに、実は何も知らなかったりする。
   本当の水無月、水無月の中身まで知っているわけではない彼女の言葉、
   『あなたを信じる』というその発言は、君の望んだ理解度に達していなかった。
   だからこそ君は彼女に激しい憤りを覚え、突き放してしまったんだね?」

水無月【改めて確認する名越の言葉に、俺はただ頷いた。】

名越「恋愛の話も、仕事の話と似たようなものだね。
   君の中で『理解されること』と『受け入れられること』の区別が曖昧なんだ。
   理解された上で受け入れてもほしい。
   貪欲な君を悪いとは言わないが、決して良いとも言えない。
   必ずどこかに妥協点が必要になる。
   全てを妥協する必要はなくとも、全てを望むことは自重すべきだろうね。」

水無月【もはや反論が湧き上がる隙すら与えられなかった。
   しかし、絡まっていた事実の糸を解かれ、少しだけ楽になった感じがする。
   名越の言葉には、逐一納得させられる。
   それは時に強引であることもあるが、緩やかに、穏やかであったりする。
   ・・・・・・なのに、心のどこかで何か、満たされない部分があった。】

名越「さて、君の悩み事は一通り聞いたわけだけれど、どこか不満そうな顔だね?
   というより、何かに苦しんでいるのかな?」

水無月【不満、苦痛、俺が抱えている何か。
   職場の同期にも、彼女にすら理解されていない現実を叩き付けられ、
   俺は苦しんでいた・・・・・苦しかった。
   そんな矢先に、天井までびっしりと並んだ本棚に囲まれた部屋で、
   俺を見透かしているような名越に会って、いろいろ吐き出して。
   でも、吐き出すだけじゃ足りない、満たされない。
   半ば強引な納得と、もやもやしていた悩み事の明確化がなされた今、
   俺は思わず、自分が本当に望んでいることを零した。】

名越「ほう?抱えている苦しみから解放されたいのかい?
   そうだねぇ、私は魔法使いではないが、
   君の願いを叶えられるであろう選択肢なら用意しよう。」

水無月【すると名越は、近くの本棚から本を2冊取り出し、俺の前に並べて見せた。
   どちらも似たような無地の表紙で、小さな鍵穴が付いている。
   そして、差し出された名越の左手には、鍵があった。】

名越「君はこの鍵を使って、鍵穴を1つだけを開けることが許されている。
   この2冊のうち、1つには『結論の鍵』、もう1つには『都合の鍵』が入っている。
   どちらの鍵も、あそこにある扉を開くことができるよ。
   ここから帰るための扉だ、お茶も冷めてしまったようだし、そろそろ帰らないとね。」

水無月【名越が座っていた方を見ると、本棚の間に扉があった。
   俺が入ってきた扉とは違う、何の模様も描かれていない黒い扉。
   俺はあの扉から帰らなければならないらしい。
   ・・・・・・どこへ?】

名越「さぁ水無月、選ぶといい。君が帰るべきは『結論の世界』か、『都合の世界』か。」

水無月【渡された小さな鍵をじっと見つめる。
   理解されたいのに理解してくれない人、理解したつもりになっている人、
   そんな奴らに苦しんでいた俺が望むのは結論か、あるいは都合か。
   俺は・・・・・ふと視線を上げ、名越の方を見やった。
   名越は、俺が部屋に入った時から変わらず、口角を上げたままこちらを見ていた。
   よく見ると、名越の首には、本についているそれと同じ鍵穴があった。
   与えられたのは2冊の本、選択肢は2つだったはず。
   『どちらを選ぶのが正しいか』。
   答えは、どちらでもない。
   俺は椅子からゆっくりと立ち上がり、名越の首を掴んだ。】

名越「っ、おやおや、随分乱暴だね。」

水無月【名越は特に焦る様子もなく、無抵抗だった。
   立てられた襟を引っ張り、名越の首元をよく観察する。
   軽く触れてみると、人間の首であるはずなのに穴が開いていた。
   そのことに気づいた瞬間、腹の底から黒い物が込み上がってきた。
   俺がよく知っている感情・・・・・・憤り。】

名越「クスッ、何に憤りを感じているのかな?
   僕は君に真実と事実しか述べていないし、君に対し誠意を以て発言している。
   君が当初求めていた理解もしてあげたし、君を納得させてあげたのも確かだ。
   感謝こそされても、酷い仕打ちを受けるような真似はした覚えがないなぁ。」

水無月【慌てている様子もない言動に、俺の憤りは高められていた。
   このまま本気で首を絞めれば、名越を殺してしまうかもしれない。
   だが、たった1つの選択肢を隠されていただけで、
   名越に全てを裏切られたような失望感に襲われた。
   悲しくて、悔しくて、無性に腹が立った。】

名越「クスクス、それが、君の選択、なんだね?
   いいだろう、私は君に、委ねよう。」

水無月【首を掴む手の力を強める。
   名越の表情も言動も、あまり変わらない。
   俺の全てを受け入れていく。
   名越はそれ以上、口を開かなかった。】


[力尽きた名越が地面に倒れる。]

水無月【どうして、殺してしまったんだろう?
   一時の感情に流され、最悪の結果を導いてしまった。
   このままここにいたら、誰かが来てしまうかもしれない。
   その前に、ここを出なければ。
   そっと、名越の首筋にある鍵穴に鍵を当ててみた。
   確かに穴が開いており、大きさも形も合いそうだ。
   俺は名越の首に鍵を挿し、右に捻った。
   すると、黒い扉の方からガチャリと音がした。
   俺は名越をその場に残し、黒い扉の前へ行った。
   あぁ、これで帰れる。
   帰るべき場所は、なんとなくわかった気でいた。】

名越「さぁ、これが君の選んだ世界だ。」



間。



水無月【気が付くと俺は、職場にいた。
   周囲は騒然としていて、俺を見ている人たちの顔には恐怖が貼り付けられていた。
   ゆっくりと視線を下げると、そこには・・・・・仕事で対立した同期の男と、
   俺の恋人が倒れていた。
   そして、俺の手にはハッキリと、2人の首を絞めた感覚が残っていた。】

名越「やれやれ、人間の倫理というのは難しいねぇ、答えが一つとは限らないなんてさ。
   僕にとってそれが真であっても、他人にとっては偽であることもある。
   一律の傾向や基準は示せるのに、絶対的な答えを提示するのは極めて困難なものだ。
   ましてやその他人の頭が固いとくれば尚更だ。」

水無月【名越の声が、頭に響いてくる。
   そうだ、俺はこの2人と意見が合わなくなって、思わず手を上げてしまったんだ。
   俺を理解してくれない奴らを、消そうと思った。
   目の前にあるのは、俺自身の都合によって、俺が選んだ行動の結果。
   俺は・・・・・・選択を間違えたのか。】

名越「君は間違えてなどいないさ。君にとっては正しい答えだったのだから。
   ただ、決して良い選択でなかったのは確かだろうね。」

水無月【それ以来、名越の声は時々聞こえるようになった。
   当然、人を殺した俺は刑務所に入り、何もかもを失った。
   最悪の結果になったというのに、俺は妙に納得していた。
   俺が入ったあの場所は、名越はきっと、ただの幻覚や夢じゃない。
   名越の声も、ただの幻聴ではないのだろう。
   きっとあれは、いや・・・・・確かにあれは。】

名越「理解できたかい?それとも・・・・・・俺を受け入れられたかな?」

水無月【・・・あぁ。】



The End.





〜ざわ・・・ざわ・・・〜
どうも、犯人です。
まぁた趣向の違うもん書いてるよ、コメディーどこ行った(゚Д゚≡゚Д゚)?
本作品は『理解と受容』に勝る『負の感情の爆発』が主体・・・・・・かもしれない←
理屈や理論で抑制できる人もいるでしょうが、どこの物語(せかい)でも感情は強力ですね。
上から目線と語り無双な台本ですが、よかったらどうぞ。
		






   
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